-
「アメリカへ行ってみないか?」上司からのひと言に、耳を疑った。分子生物学の発祥地アメリカにおいて、最先端の眼科研究を行うため渡米する。まだ入社4年目の自分に任された大きなチャンスでありミッションだった。共同研究先のオレゴンヘルスサイエンス大学は、臨床研究だけでなく、基礎研究を推進しており、遺伝子治療の最先端研究で知られていた。
-
自分の専門である分子生物学を活かせばヒトゲノムのデータを使って眼疾患のターゲット遺伝子を網羅的に探索ができるのではと興奮した。眼科領域専門の研究者として、病気と戦っている患者さんの救いになるような薬を創りたい。そんな想いを秘かに抱いてアメリカへ渡った。
-
だが、現実はそんなに甘くなかった。想像をはるかに超える先端技術に圧倒された。うまく伝わらない言葉、アメリカと日本の文化の違いも大きかった。環境に慣れるのに時間はかかったが、不思議と辛くは感じなかった。毎日が新鮮な驚きの連続だったから。いろんな場面で揉まれる中で、視野が広がり様々な価値観を受け入れて成長していく自分がいたから。
-
今、振り返る。新薬を創るという夢はまだ途中ではあるけれど、最先端の遺伝子研究を社内に活かすための架け橋になることはできた。そして、まだ見ぬもの、知らないことに勇気を持って挑んでいく研究者としてのあり方を学べたことは自分にとっては大きな収穫だったと。