「If I were you」に基づく研究開発 点眼剤の製剤開発と創意工夫

「SENJU SENSE」を構成する大切なエッセンスの一つに、行動理念「If I were you(もし、私があなただったら)」があります。世界中の人々の目の健康に貢献するために、常に患者さんやドクターの視点に立って研究開発に取り組む研究者の姿と、「千寿製薬ならでは」の取り組みや製品づくりなどについてご紹介します。

  • ナビゲーター せんせん

  • インタビュー 研究開発本部 総合研究所
    所長
    礒脇明治

製剤開発は最適な眼科薬を生み出す
「レシピ作り」

せんせん
眼科薬はどのような流れで、どのくらいの時間をかけて開発されるのですか?
礒脇
まずは、膨大な数の化合物(医薬品のもとになる物質)の中から、眼疾患への効果が期待できそうな化合物を探し出すことから始まります。眼以外の他の疾患領域で効果が確認された化合物を、眼科に応用することもあります。例えば、既に内服薬や注射薬などの全身薬として開発された抗菌薬や抗炎症薬を、眼科領域における抗菌点眼薬や抗炎症点眼薬として開発したケースが数多くあります。
化合物が決まると、細胞や疾患モデルなどを使って、眼に対する有効性と安全性の研究が行われます。また、眼や体内での化合物の動きを確認する薬物動態研究も行います。研究所で有効性・安全性が確認できれば、ヒトに投与される治験薬が作られ、健康な人や患者さんを対象とした臨床試験が行われます。
その後、ここまでに至る過程で得られたデータを申請データとしてまとめ、審査を経てようやく医薬品として認められます。これら一連の研究開発期間は、全くの新しい有効成分(新薬)で開発する場合は10年以上、既にある医薬品を応用開発する場合でも3~4年程度かかります。
せんせん
実際に患者さんに使ってもらうまでに、長期間の研究が必要になるのですね。
礒脇
私たちの研究は、眼疾患への効果が期待できる化合物を見つけ出すことだけではありません。患者さんやドクターの視点に立ち、どうすれば新しい薬の有効性・安全性・品質を確保し、さらに快適性(点眼時のさし心地)や使用時の利便性も考慮したうえで、製品づくりを行い、医療現場や患者さんに届けることができるか?といった研究も並行して行っています。このような眼科薬の製品化に向けた研究の一つとして「製剤開発」を行います。製剤開発については、新たな薬の開発や既存製品の改良が決まった段階からスタートします。
せんせん
製剤開発…難しい言葉ですね。具体的にどのようなことを研究するのですか?
礒脇
製剤開発とは、簡単にいえば製品化に向けた「レシピづくり」のようなものです。たとえば、料理をしようとすると、使う食材や調味料はもちろん、それらの調理方法、できた料理を盛り付ける器など、考えることや準備するものが色々とあります。眼科薬を製品化する場合もそれと同じで、薬の基本特性(有効成分が水や油に溶けやすいのか?熱や光に安定なのか?など)を把握したうえで、剤形を選択(水性の点眼剤にするのか?懸濁(けんだく)性の点眼剤にするのか?など)し、添加剤の選定、容器選択、製造方法の検討を行い製品化まで辿り着きます。
せんせん
製剤開発の研究をするうえで、大変なのはどんなことですか?
礒脇
まずは薬としての安定性をしっかりと確保しなければなりません。日本での基準は「室温(1~30℃)の環境で3年間」。その間に成分が分解・変質してしまうようなものでは、医療現場に送り出すことはできません。また、研究所で高い品質を確認した点眼剤ができたとしても、製造現場である工場で全く同じものができるとは限りません。研究所で行うビーカーでの実験と、工場で行う生産機での製造では、取り扱う薬の量は全く異なることから、「複数の原材料がきちんと混ざるのか?」といった疑問や課題も出てきます。安全性が高く安心して使える薬を、安定的に供給していくために、少しも手を抜くことは許されません。

患者さん目線で生まれた
「千寿ならでは」の点眼剤

せんせん
点眼剤の製剤開発の段階で、「千寿製薬ならでは」のオリジナリティはありますか?
礒脇
通常、点眼剤の製剤開発では、有効成分の水に対する溶解性(水に溶けやすいのか?溶けにくいのか?)によって剤形(薬の形状)が決まります。有効成分が水に溶けやすい場合は「水性点眼剤」、水に溶けにくい場合は「懸濁性点眼剤」という具合です。懸濁性点眼剤は有効成分が容器の底に沈降するため、使用前に容器をよく振る必要があります。また、懸濁性点眼剤は有効成分が吸収されにくいというデメリットもあります。そこで千寿製薬では、有効成分の油に対する溶解性を検討することもあります。
せんせん
有効成分が油に溶けやすいと、どのようなメリットがあるのですか?
礒脇
水に溶けにくいが、油に溶けやすいという性質を持つ有効成分なら「乳濁性点眼剤」にすることができます。化粧品によくある「エマルション」の状態の点眼剤です。エマルションにすることで、有効成分が容器内で沈殿することなく均一に分散し、組織にも浸透しやすくなります。「容器を振る必要がある」「浸透しにくい」という患者さんにとってのネガティブな問題を解決するこの技術は、日本薬剤学会で旭化成創剤研究奨励賞を受賞しており、この技術を供与した米国の製薬会社で追加の開発を行い、乳濁性(エマルション)点眼剤として実用化されました。
せんせん
剤形が増えることで、患者さんやドクターに新たな選択肢を提供できるのですね。
礒脇
まずは、患者さんやドクターの立場で物ごとを考える。そのうえで、より効果があり、より安全なものが創り出せるのであれば、1日も早く患者さんへ薬をお届けできるよう努力する。それを実践できる理由は、「SENJU SENSE」が定着している「千寿ならでは」の体制や風土であり、そこから生み出される製品には「千寿らしさ」があるのだと思います。

QOL向上に貢献する、
容器やノズルに隠された秘密

せんせん
患者さんに点眼剤を使ってもらいやすくするための工夫はありますか?
礒脇
千寿製薬の点眼剤で使用している標準的な容器(容量:5 ml)は、「さしやすい点眼容器」として「日本包装技術協会会長賞」を受賞しています。手に取りやすいサイズで、キャップは転がりにくい多角形、ボトルは持ちやすい扁平形状を採用しています。こだわったのは容器の形状だけではありません。点眼剤は直接目に点眼するので、さし心地の良さも大切です。一方で、必要以上の量を一度に点眼しても効果は変わりませんので「1滴目は柔らかく、確実に点眼できる」「2~3滴目以降は出にくくなる」といったノズルの設計にしています。このような容器やノズルの工夫についても、製剤開発の段階で行っています。
せんせん
「さし心地」や「1滴の量」まで考えられているとは思いもしませんでした。
礒脇
容器の色が違うことにも意味があります。光に弱い性質(ある波長の光で分解される)の点眼剤の場合、遮光のため容器に色をつけます。さらに、ノズルの先端から「液垂れ」しないよう、点眼剤の粘度や表面張力を確認しながら最適なノズルを採用します。製品化された後も患者さんのほか、ドクターや薬剤師さんからご意見が寄せられますので、実際に製品を手にされている皆さんの声を活かして容器やノズルを改良することもあります。
せんせん
点眼剤の小さな容器やノズルに、たくさんの工夫が隠されているのですね。
礒脇
緑内障の治療にあたっては、眼圧を下げ続ける必要があるため、1日に複数回の点眼剤を長期にわたって継続的に投与する必要があります。ところが、患者さんの多くが、6ヵ月~1年以内に適切な点眼を続けられなくなるというデータ*もあります。複数の点眼剤をそれぞれ5分以上の間隔でさすことが億劫になったり、その他にも点眼容器の取り扱いが上手くできず正しく点眼できなかったりすることがあります。そこで、複数の薬を1つの配合剤にして点眼回数を減らし、容器やノズルの形状を改良して点眼しやすくするといった「製剤開発でできること」によって、患者さんのQOL**向上に少しでも貢献することが私たちの使命です。

* Kashiwagi K., Furuya T. Persistence with topical glaucoma therapy among newly diagnosed Japanese patients. Japanese Journal of Ophthalmology. 2014;58(1):68–74.
** QOL;Quality of Life(生活の質)

患者さんのもとへ、1日でも早く
製品を届けるために

せんせん
「SENJU SENSE」の価値観は、製剤開発の業務にどのように活かされていますか?
礒脇
これまでに何度か触れていますが、従業員一人ひとりが研究に向き合う際に、患者さんやドクターの立場になって考えるという点については、「SENJU SENSE」にある行動理念「If I were you(もし、私があなただったら)」が息づいていると思います。身近な人が白内障や緑内障などの眼疾患を抱えており、「何とかしてあげたい」という気持ちで千寿製薬へ入社した従業員も存在しています。眼疾患を抱える患者さんに1日でも早く、より良い製品を届けようという気持ちを持って、日々の研究に取り組んでいます。
せんせん
最後に、一人の研究者として礒脇さんのこれからの目標を教えてください。
礒脇
人間は目から80%以上の情報を得ているとされており、人間が持つ「5感」の中でも「視覚」はとくに大切なものといえます。ところが残念なことに、たとえ健康な方であっても、年齢を重ねることで何らかの眼疾患を抱える可能性が高くなってしまいます。「ものづくり」に携わる人間として、入社時から専門的に手掛けている「眼科DDS(ドラッグデリバリーシステム=必要な場所に、必要な薬剤を、必要な量と期間だけ届ける)」の研究を継続し、副作用の発生や点眼の回数を減らせる眼科薬の開発、治療法の確立に貢献していきたいですね。

2024年6月作成
※所属・肩書は作成時のものです

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