瞳の休憩室「Rest eye」

推理作家の有栖川有栖が、独自の視点でミステリーや日々の感性をつづります。

第九回 意外な凶器

言うまでもなくミステリも小説だから、それぞれの作品にテーマがある。「そんなものはないよ。面白いアイディアが浮かんだから書いただけ」と作者が言う場合も、〈勧善懲悪〉や〈理知の勝利〉といったテーマが貼りつくし、〈名探偵の栄光〉や〈探偵も大変なんですよ、本当のところ〉というテーマもあるだろう。

それ以外に、本格ミステリとしてのテーマというものもある。たとえば〈密室〉や〈アリバイ〉、あるいは〈意外な犯人〉など。

私が高校生だった頃、おこづかいを貯めて〈推理ベスト・コレクション〉というシリーズを買い集めた。ミステリ研究家、渡辺剣次が編んだアンソロジーである。テーマにそった十三編の短編を解説とともに収録した本で、『13の密室』『続・13の密室』『13の暗号』『13の凶器』の四冊が出版された(講談社文庫版があったが、現在は品切)。

このシリーズを全十三巻にする構想もあったらしい。編者が他界して実現しなかったのが惜しまれる。好企画なのになぁ。『13のアリバイ』や『13の動機』が読んでみたかった。

そんなふうに本格ミステリはテーマごとに分類しやすいから、時々「今度はどんなテーマに挑んでみようかな」と私は考える。近年は〈意外な凶器〉の作例が少ないように感じるので、狙ってみるのもいいかもしれない。

小学生時代によく読んだ「トリックばらしのクイズ本」に、しばしば登場したのは砂丘の殺人事件。撲殺死体の横にいた男に「お前がやったのか?」と警官が訊くと、男は「違います。棍棒なんて持っていませんよ」と反論する。実は、靴下に砂を詰めて、それで殴り殺した、というのが答え。何回読んだことやら。氷の短剣、ガラスなどの透明な凶器もおなじみの手だ。

前述の『13の凶器』に並んでいるのは、江戸川乱歩の「夢遊病者の死」、大阪圭吉の「デパートの絞刑吏」、大坪砂男の「涅槃(ねはん)雪」、松本清張の「凶器」など。

このテーマは海外ミステリにも作例が多く、エドガー・ジェプスン&ロバート・ユースタスの「茶の葉」やロアルド・ダールの「おとなしい凶器」といった作品がすぐ頭に浮かぶ。コナン・ドイルの「まだらの紐」を入れてもいいだろう。

ギルバート・K・チェスタトンは多くのトリックを創案しており、凶器の謎を扱ったものも目立つ。『ブラウン神父の童心』に収録されている「三つの凶器」が筆頭だろうか。それはあまりに大きすぎて盲点になっていた、というチェスタトン流の逆説が面白い。同じ短編集にある「神の鉄槌」は、凶器そのものより使われ方に意外性があった。ミステリにはそういう作例も少なくない。

自殺する者が、自分の死を他殺に偽装するため「痕跡が残らない道具」を使う場合もある。それも意外な凶器テーマの一種だ。

〈密室の巨匠〉と呼ばれるディクスン・カー(別名義はカーター・ディクスン)も、密室状況の謎を創るために意外な凶器を使った。長編では『死時計』『連続殺人事件』『プレーグ・コートの殺人』『引き潮の魔女』など。

タイトルばかりをたくさん並べてしまった。それでは歯がゆいから、どんなトリックか片っ端からばらしてしまおうか、という衝動に襲われかけたが、ミステリ界で今後も生きていくために自重する。

人を殺すために(ミステリの話ですよ)、珍しい道具を見つけてきたり、とんでもない機械を発明したりする必要はない。凶器は肉体のみ。徒手空拳で「まさか、そんなことができたとは」という謎を生む方法もある。

海外ミステリには「凶器は空手」という作例がある(「なんじゃ、それは」と思った)。トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』の中で、レクター博士は隣の独房にいる男をひたすら罵って自殺に追い込んだ。これなどは言葉=言語能力が凶器ということになる。

そんな特殊技能を持ち合わせていなくても、あなたや私でも使える肉体の一部があるのだが、判りますか? それは……次回に。

最終回:続・意外な凶器

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