瞳の休憩室「Rest eye」

推理作家の有栖川有栖が、独自の視点でミステリーや日々の感性をつづります。

第七回 地図における視点

私たちは、知らないうちに 〈ある視点〉を強いられていることがある。強いられているというのは大袈裟か。当たり前になっているので、「そう決まった根拠って何?」と問うことを忘れている場合がある。

最初にお断わりしておくが、これから書くのは視点についての雑談であり、政治的メッセージや思想信条の吐露ではない。

A・東海道、西海道、近江、遠江(とおとうみ)、越前、越中、越後。

B・青函トンネル、上信越地方、名神高速道路、京阪神地方、関門海峡。

AグループとBグループでは、ネーミングの法則が異なる。

前者は旧い呼び名で、都であった京都を視点としている。東に伸びる道が東海道、西に伸びるのが西海道。大きな湖のうち近い方(琵琶湖)がある地方が近江、遠い湖(浜名湖)がある地方が遠江という具合に。東海地方や北陸地方という呼称もこの法則による。

房総半島の中央部が上総(かずさ)、付け根近くが下総(しもうさ)というのは逆のようだが、実は京都から房総半島に行こうとしたら、船で渡れる半島中央部の方が当時は近かった、という事情がある。

Bグループは、都が東京に移った後のネーミングで、すべて東京が視点になっている。青森と函館では青森の方が大きな都市だから青函と呼ぶわけではない。他の例もしかり。

私は、Aグループについて 〈京都から見てどうか〉という都視点の法則が働いていることを理解していたが、Bグループの法則はなかなか気がつかなかった。名神高速道路は「神戸より名古屋が大きいから名が先」で、阪神高速道路は「神戸より大阪が大きいから阪が先」と勘違いしていたのだ(鉄道の路線名に採用されている法則)。都市規模や人口が基準ならば京阪神は阪神京が適当なのだけれど、「言いやすいから京阪神にしているのだろう」と。

そうではなかった。下関より門司=北九州が大きいにもかかわらず関門海峡だし、名阪国道という呼称も、大阪が後回しになっている。常に東京から近い方が先(ローカルなものには阪奈道路といった呼称もあるが)。

判りやすいルールではあるが、将来、首都が名古屋に移ったら、ちょっとややこしい。名古屋と東京を結ぶ新しい道路ができたら今度は東名ではなく名東高速道路になる。困るほどのことではないけれど。

話が飛ぶようだが、引き続き地図にまつわる視点の話。

近年、日本海の呼称をめぐって、日本と韓国で見解が分かれている。韓国では日本海を東海と呼ぶが、日本にとっては北西だし、わが国では愛知県から静岡県にかけての海を東海と呼んでいるから合わせられない。新しい名称を作る必要も感じないのだが……。

以下、寸劇風に日本と韓国のやりとり。
日「歴史的にもあの海域は世界中で日本海として通ってきた。変えなくていいでしょう」
韓「わが国の近海でもあるのに、日本の海なんて名前は……どうもねぇ」
日「見方を変えてみたらどうです。日本海というのは朝鮮半島を含む大陸の視点ですよ」
韓「どういうことです?」
日「うちにすれば四方の全部が日本海。大陸との間だけ、『日本列島があることで形成された海域だから日本海と呼ぶ』というんだから、完全にそちらの側の視点に立ったネーミングでしょう」
韓「うーん、そういう理屈も成り立つか」

それを聞いていたインドが――。
印「なるほど。だとすると、私のまわりの広大な海をインド洋と呼ぶのはいいんですかね? 世界三大海といいながら、太平洋、大西洋ときてインド洋では、釣り合いがよくないような気がしてきたもので。変えるとしたら何という名前がいいかな」

まさかそんな展開はないだろうが、もしあれば私は提案したい。第一候補・大東洋、第二候補・アジア洋ですよ。

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