瞳の休憩室「Rest eye」

推理作家の有栖川有栖が、独自の視点でミステリーや日々の感性をつづります。

第六回 トトロをめぐる疑問

国民的アニメ映画『となりのトトロ』にまつわる都市伝説。耳にしたことがある方も多いだろう。詳しくは「トトロ 都市伝説」で検索してください――では不精すぎますね。

私も「あれ?」と思ったことがあるので、この噂には興味を惹かれた。

結論から言うと、トトロの正体は死神であり、トトロが見えるサツキとメイの姉妹は、死に誘(いざな)われたのだ。入院しているお母さんに会うため、トウモロコシを持ったメイが一人で飛び出していき、大騒動になる場面がある。その時、沼で女の子用のサンダルが見つかり、サツキは「メイのじゃない」と否定するが……。このあたりからメイの影が描かれなくなっている。

最も意味ありげなのは幕切れ。お父さんが療養所にお見舞いにきたシーンで、病床のお母さんが窓を見て「あら?」と言う。娘たちが木の上で笑っている姿を見たような気がしたのだ。姉妹の姿はそこになく、窓の外にトウモロコシが落ちている(置いてある?)だけ。何故、二人が母の前に現われなかったのか腑に落ちない。

他にも色々な解釈があり、過去に起きた実際の殺人事件と結びつける説もあるが、制作したスタジオ・ジブリははっきりと否定している。

皆さんはどう思いますか? ――という話がしたいのではない。

タイトルに掲げた「トトロをめぐる疑問」というのは別件で、私と妻の間でのみ論争の的になっている。

ある時、妻が言った。
「うちの姉が、『トトロ』の主人公はサツキちゃんだ、と言うので驚いた。どう考えてもメイちゃんなのに」

聞き捨てならなかった。あの姉妹のどちらが主人公なのか、それまで考えたこともなかったが、選ぶとしたら――
「いや、サツキちゃんやろ」

論争が始まった。妻が言うには、トトロと最初に出会ったのは幼いメイちゃんであり、思春期の手前にさし掛かったサツキちゃんは、なかなか会えなかった。妹がいたからこそ、姉もトトロの存在に気がついたのだ。したがって、メイちゃんが主人公という理屈らしい。

私の見方は違う。メイちゃんは、ただそれだけの役なのだ。より無垢だからトトロが見えたのだろうが、「トトロって可愛い、面白い」。メイちゃんの反応はそれだけ。年長のサツキちゃんは、トトロという存在の不思議さや意味について、ふと考える瞬間もあっただろう。そういう彼女が主人公でなければ、物語に奥行きや深さが出ない。

同級生のカンタとサツキちゃんの間に淡い交情が芽生えるのも見所だと思うのだけれど、妻に言わせると「それこそ脇役に割り振られたサイドストーリー」らしい。着眼点が違うから、互いに譲らない。

ならば、と私は『トトロ』公開時のポスターを証拠物件として提示する。描かれているのは、バスを待ちくたびれて眠ってしまったメイちゃんを背負ったサツキちゃんの横に、トトロがぬーぼーと立っている場面だ(サツキとトトロの最初の出会い。この後、猫バスがやってくる)。メイちゃんの顔は、サツキちゃんの背中に隠れて見えていない。主人公の顔を描かないポスターがあるだろうか? これぞ、サツキちゃんが主人公の証拠!

妻は納得せず、議論はまだ続いている。

面白いことに、この疑問を周囲に話したところ、長男(私だ)・長女はサツキ主人公説を採り、次男・次女(妻だ)は、メイ主人公説に賛同するのだ。それはもう、きれいに分かれる。どうやら、サツキちゃんとメイちゃんのいずれに感情移入するか、いずれに肩入れするかは、生まれ順に大きく左右されるらしい。

さて、あなたはどうですか?

「あの映画の主人公は、トトロでしょう」

そう答えた某氏は一人っ子だった。


付記・宮崎監督の当初の構想では、この映画に登場する女の子は一人だった。それが制作の過程で姉妹という設定に変わる。早い段階で描かれたポスターに描かれているのは、サツキとメイの間ぐらいの年齢の女の子一人である。

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