瞳の休憩室「Rest eye」

推理作家の有栖川有栖が、独自の視点でミステリーや日々の感性をつづります。

第五回 時計とミステリとミステリー

細かいことだが、私は推理小説のことはミステリと書き、不思議なこと全般をミステリーと表記している。今回は時計にまつわるミステリとミステリーのお話。

先日、ダイニングの時計が15分進んでいることに気がついた。どうもおかしいと思っていたのだ。正確な時刻を指していないのはかまわない。わが家は、妻の好みで時計をわざと進めてあるから。ただし、〈10分進めておく〉という方針なので、15分も進んでいたら、それは狂っている。

注意して見てみると、寝室の時計は7分ほど進んでいた。これも3分狂っていることになり、まぎらわしい。

時計を10分ほど進めておく人は珍しくない。それに従っていれば常に10分前行動という余裕ができるし、外出の際に「ああ、遅刻」と慌てかけて、「この時計、進めてあったんだ」と安心する場合もあるわけだ。

が、私はどちらかというと時計はぴったり正確な時刻を指しているのが好きだ。人生ビシっと直球でいこう主義である。だいたい前述のように「遅刻する。………ああ、これ進めてあったんだ。ほっ」ということは実際には起きない。「この時計、10分進めてあるから大丈夫」と言っているうちに、かえって遅刻してしまうものだ。

家中の時計をあらためてチェックしてみると、どれも10分進んでいると思ったら、けっこうバラつきがある。まずいのではないか、と自分の腕時計で正確な時刻を確認しようとしたら、それは数分遅れていた。ああ、まぎらわしい。

もしもわが家が犯罪の現場になり、名探偵が捜査にやってきたら、「どうしてすべての時計が別々の時を刻んでいるんだ?」と頭を悩ませるかもしれない。

時計とミステリは、よく似合う。小道具に登場したり、謎解きの鍵を握ったり。アリバイ崩しは時計をめぐる物語だ。

コナン・ドイル作(ただしシャーロック・ホームズは出てこない)の短編『時計だらけの男』は時計ミステリの古典。列車の中で見つかった死体は、時計を六個も持っていた。スリでもないのに何故?(その答えはあまり面白くない)

アガサ・クリスティの『複数の時計』は、時計だらけの部屋が殺人現場。しかも、四つの時計が何者かによって持ち込まれ、すべて同じ時刻を指していた。そそられますね。

少し変わったところでは、クリストファー・ランドンの『日時計』。日時計が写りこんでいる写真を手掛かりにした推理が面白い。
作例を挙げていったらキリがないのでやめて、ここで私が経験したすごい時計のミステリーをご紹介したい。

妻に「目覚まし時計をセットしておいて」と言いおいて眠った翌日のこと。ピピピピという電子音で目が覚めた。頼んだとおり、妻は外出前にセットしていってくれたらしい。

重いまぶたを擦りながら、アラームのスイッチをOFFにする。が、電子音は鳴り続けた。おかしいな、と確かめてもスイッチは切れているのに。壊れてしまったのか? ONにしたりOFFにしたりを何度か繰り返したが、止まらない。おかげで完全に目が覚めたのはいいが、ピピピピを止めなくては、やかましくてかなわない。

どうしても止まらないので、ついには腹が立ってきた。これでどうだ、と私は目覚まし時計の裏蓋を開けて、乾電池をすべて抜き出す。しかし! それでも電子音はやまないのだ。愕然として、わが目を、わが耳を疑う。なんたるミステリー、いやホラーか、どうなっているのだ、怖っ!
……真相は馬鹿らしい。寝室には目覚まし時計が二つあり、妻はその両方をセットして出かけた。私は鳴りやんだ方の時計のスイッチを何度も入れたり切ったりしていたのだ。

いやあ、世の中には不思議なことが……ありませんね。

推理作家・有栖川有栖のプロフィール