瞳の休憩室「Rest eye」

有栖の目線

次のページへ

推理作家の有栖川有栖が、独自の視点でミステリーや日々の感性をつづります。

最終回 続・意外な凶器

前回はミステリに登場する意外な凶器について書き、最後はこんな問いかけで終えた。
〈特殊技能を持ち合わせていなくても、あなたや私でも使える肉体の一部があるのだが、判りますか?〉

それが何か、言い当てるのは難しくないだろう。「有栖の目線」というこの連載のタイトルもヒントになる。――答えは目だ。

有名な俗謡がある。

京都三条 糸屋の娘

姉は十八 娘は十五

諸国大名は弓矢で殺す

糸屋の娘は目で殺す

「京都三条」の部分には、「大阪本町」など他の地名が入ったり、娘の年齢が違ったりと様々なヴァージョンがあるが、内容はどれも同じだ。

これを知っている、という人の大多数は、学校の国語の授業で教わっているはず。非教育的な戯れ歌なのだが、これは起承転結がどういうものかを示すのに恰好の例なのだ。一行ごとに、判りやすい起・承・転・結になっている。それもそのはず、起承転結の例を示すために、江戸時代の学者・文人の頼山陽が作ったと言われる。

ここで言う「目で殺す」とは、もちろん男性の心を射止めるという意味だ。糸屋の姉妹はどちらもとにかくチャーミングなのである。

しかし、本稿はミステリにおける意外な凶器について書いているので、糸屋の娘的な意味で「目が凶器になる」と言いたいわけではない。

小中学生の頃、あなたはこんな状況に直面したことがないだろうか。誰かが悪さをしたのが発覚してしまい、先生がみんなを集めて尋ねる。

「誰がやったんだ?」

かなり怒っているので、犯人は名乗り出る勇気がないようだ。あなたは悪戯の張本人がA君だと知っている。
「『自分がやりました』と正直に言いなさい」

全員が自然と伏し目がちになって、犯人が手を挙げるのを待つが、やはり何も起きない。このままだと連帯責任として、この場にいる者全員に罰が下りそうな雲行きだ。あなたは、A君に対して腹が立ってくる。
――早く白状しろよ。みんなが迷惑するじゃないか。

挙手して「あの子がやりました」と告発するのは気がひける。A君から報復を受けるかもしれないし、子供の世界において告げ口というのは感じのいいものではないから。

言葉に出せないあなたの思いは、無意識のうちに目に表れるかもしれない。A君の様子を横目で窺ってしまうのだ。その視線に目を留めた先生がA君に言う。
「お前か?」

何人もの目がこっそりとA君に向けられていたら、先生は確信を持ってA君を詰問できるだろう。そして、そんな視線の中には、先生が察知することを期待して投げかけられたものがあったのかもしれない。

また、もしもA君がずるい子供であったなら、自分は無実だぞ、と偽りのアピールをするため、右や左を遠慮がちに見たりすることも考えられる。目の動きはささやかでデリケートなものだから扱いやすいのだ。

第三十回日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した石沢英太郎の『視線』は、まさにそんな視線の特性をよく表わした作品だ。ある人物の視線の行方が重大な事件を引き起こす。先ほどの例では「誰がやったんだ?」と尋ねるのが学校の先生なら大したことはないが、それが銃を手にした銀行強盗やハイジャッカーだったら……?

そんな場面に立たされることはまずないにしても、視線には大きな力がある。日常生活において、つまらない誤解を受けたり隠しておきたい真意を悟られたりしないように、くれぐれも目の動きにはご注意を。

推理作家・有栖川有栖のプロフィール